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カトリックの教え(22) - 愛の掟 [Ecclesia Catholica]

(2012日)

「救い」は信仰を受け入れた段階で罪が許されはするが、
その後には「行い」が必要とのことでした。

行いによって愛を示すことであり、
善きサマリア人であれ、とのことでした。

クリスチャンになった後の罪は、どんな罪でも許されるというのは、理解できないですね。
不作為も罪でしょう。
やはり、「行い」で天国ポイントの加算となるのやもしれません。





----memo

祈りだけでは神の国に入れない

行いによって 愛を示さなければならない

「主よ主よ」と言う者が必ず天の国に入れる訳ではない

主のみ旨を行うこと

愛の掟
 神さまを愛すること 人を愛すること

良きサマリア人

 連れて行った宿が今も残っている

「行いによって救われる」


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悪口や反対論を聞き流す方法 [Shuzo Koita]

(2018日)

究極的なスルーする技術の秘訣、
とは、神様の御声に耳を傾けるとのことでした。

私はモーセのように神さまと会話したことがないので、
分かりませんが、
嫌な1日であっても、毎日、聖句に触れることで、
ブルーな気分が無くなります。

反対論があった直後に聞くのも良いのでしょう。
いちいち覚えてませんが、実行していると思いますね。

聖霊様があたかも自分が考えたかの如くに
無意識に働きかけてくださるのでしょう。



----memo

まず、聞く

が、聞き流した方がいい場合もある
 
 悪意の中傷 敵意

 コレヘト 
 人の言うことをいちいち気にするな。

反対論も聞き流す方がいい
    挑んでくる人たちの
 
不当にも知識と呼ばれている反対論
   
 打ち負かすと ひねくれる

心には受け入れない態度 技術を習得すべき

究極的なスルーする技術の秘訣
  神さまの御声に耳を傾ける

御声に集中することで悪魔を聞き流すことができる
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自分を深く知るために(4) - 自分の気持ちと向き合う [Ecclesia Catholica]

(2019日)

良いお話を聞くことができました。

受容非受容の境界線である受容線は、移動する。
①相手②環境③自分自身

それは、相手の人格や自分の人格とは関係ないとのことでした。

「嫌だ」という非受容の感情を抱いた場合、
相手の人格の問題と捉えがちですが、
ここは一歩引いて、3要素のどれか確認してみるべきだとなる。

習慣にしたいですね。



-----memo

「自分の気持ち」

感情2つ
「嫌でない」
「嫌だ」

行動の四角形

-----
受容領域

---受容線---

非受容領域
-----


相手の人格に反応しているわけでない
  相手の言葉や仕草で動く

多い方で 嫌な人 良い人

受容線は動いている 生きているので 流動的
 受容線が動く3要素
   相手 環境 自分自身
 
 ソファーで横になって本を読む
   友人がきてたら だめ  環境によって

 自分に余裕があるか 忙しいかなどで、受容非受容が異なる

その時の気持ちを確かめる
  受容線を確認する
  その上で 「今疲れているから、聞ける自信がないの」
 

 「互いの命」を活かし合ってまいりましょう
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【本の旅】聖書翻訳を語る~『新改訳2017』何を、どう変えたのか~ 津村 俊夫 2019-03-15[499] [CGNTV]

(2019日)

聖書の翻訳の大改訂という仕事に興味があり視聴しました。

「人間どうなるか分からない」という持論でしたが、
「私には翻訳の賜物は無く、今後も与えられることはない」
と悟った回でした。

"生贄"と"捧げもの" の概念の違いを意識し翻訳されるなど、
読者が正確に理解できるように配慮がなされたようだ。

また時代が変わって教育により常用漢字も普及しているので
漢字を多くし、ひらがなを少なくして読み易くしたようだ。

今後、30年先を見据えて動かれるそうだ。

聖書の翻訳の話はいつも思うが動機や信仰が"ホンモノ"でなければ賜物が与えられないと、
明治期のヘボンや榊原康夫先生のお話などを思い出し、畏怖の感情が生じてきます。

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CGNTV【本の旅】聖書翻訳を語る~『新改訳2017』何を、どう変えたのか~ 津村 俊夫 2019-03-15[499]

----memo

1944神戸 
 
 約半世紀ぶりの改訂

33000 全句 
 2003は900程度だった 差別語など

全教会挙げての 約40団体が一致して大改訂
  5人の主任 

へブル ウガリット語
  最後は日本語に
 大学で言語学

新たな翻訳ではなく改訂

新改訳は 原典が透けて見えるような訳

文語訳は大正で改訂 戦後に口語訳

改訂は今までのことを大事にする
  難しいが、選んだ

40グループから推薦されて
  専門が重ならないように

33000の内、9割位が変わった。

transparent =本文が透けて見えるような訳

全焼のいけにえ を 全焼の捧げものにした
  捧げものの方が大きな概念 
  いけにえは動物

 和解のいけにえ を 交わりのいけにえ に
  和解は条件の意になるので

 さばき の概念も広い
 魂 も広い その人自身という意もある

 今後のビジョン
  日本語を大事にするが 黄泉など
    他宗教と混同されないように

 30年先を見据えて 翻訳の次の世代へと
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主の名を讃めあげよ、主や汝は崇めほめらる - 徹夜祷 - 聖歌の練習風景 [聖歌・讃美歌等]

(2015日)

正教会の讃美歌というのは、冬の寒さの中で歌われるな、という曲調で、
(勝手な思い込みかもしれませんが)

私は、好きですね。
是非、最後まで聴いて下さい。



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カトリックの教え(21) - 主の祈り [Ecclesia Catholica]

(2012日)

2014年3月中旬頃から諸教会に通いだし、「主の祈り」を知る。
それまでは、どんな祈り方でも形式はどうでもいい問題と思っていた。

そうではなかった。
訳により微妙に違うが、美しい構成となっている。
2000年続いているというのは素晴らしい。

この「主の祈り」抜きで神に繋がるというのは、
キリスト教ではあり得ないでしょう。




----memo

主の祈り 山上の説教

挨拶をもって始まる
意味深い挨拶

神を恐ろしい方でなく 父として挨拶

父 アパ 小さい子どもが使う

私たちの父よ
   人々は兄弟

天国へ行って幸せでなく 天国が来るように

前半 霊的なこと
後半 世俗的

  今日のかて 食べ物だけでなく
          必要なもの全て

 罪のこと
   私たちの負い目を許してください
  互いに許すこと 私たちに負い目のある者を許します

 
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宝探し [Shuzo Koita]

(2017日)

イエス様は神のひとり子だったが、
イエス・キリストを受け入れることで、
私たちも神の子となれる。

その意味でイエス様と兄弟であるが、
神さまにとって私たちも愛する所有物で宝となる。

これで自分を卑下することがなくなる。
過ぎると尊大となりますが、
神さまの宝とされることは、存在の肯定なので、
徳川埋蔵金と比較できるものではありません。





----memo

宝探し ノンフィクション
 徳川埋蔵金ではない

聖書に3つの宝

マタイ 畑の宝 全財産を売って畑を買う

イエスキリストを向かい入れる
 犠牲 献身を要求

2つめ 箴言8:11
 人を倒すための知恵ではない
 主を恐れることこそ知恵


3つめ
  私こそ宝
 神さまの物だから
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カトリックとプロテスタント【赤坂コーチング 西村まゆみ】 [映像]

(2016日)

「カトリックとプロテスタント」いうタイトルでしたが、
内容は、さらっとしたものです。

"苫米地式美人コーチ"と、私は初耳だったのですが、
さすがコーチングの先生のようで、生々しいお話はされませんでした。


公式ホームページに行きましたが、

「苫米地との関係は切っておりますし、苫米地本人からも切られております。」

とのことでした。

何だったのでしょう。





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「神が見るように見、祝福を受けよ」創世記13章8節から18節 3/3 [雲の柱・火の柱]

(2003日)

肉で語っているのではなく、
聖霊様が働きかけているので、
マシンガンのようではあるが流れるように話されるのでしょう。

これが徹夜礼拝なのかと映像はなくても熱気が伝わってきました。
この熱量は初めてでしたので感激でした。
21世紀日本に、この時空間が存在した。

16年後に私は知ることができました。
素晴らしいですね。



----memo

アブラハム
心の目で荒野を見た
   普通はここで死ぬのかと思っても

約束が内側に留まっている時、望むものは与えられる

信仰について いちじくの実
 呪って枯らした

無いところから光を造った

神はこの世を愛して下さった。
 この世 不法がはびこる世 
     主の目に高価で貴い
  私たちは清くないのに 
   

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「神が見るように見、祝福を受けよ」創世記13章8節から18節 その2/3 [雲の柱・火の柱]

(2003日)

盲人の目をイエス様は見えるようにされた。

神さまは願いを分かっておられるが、
盲人に願いが何であるか聞かれる。

神さまは人格をもっておられ、交わりを求められる。
自動販売機ではない、とのことでした。

そして、盲人が願いを述べると、

「あなたの信仰があなたを救った」とされた。


私たちの願いは、この盲人の如くでなければならない、
ということを語って頂きました。

神さまは願い事をかなえてくれる存在ではなく、
成長させてくれる存在など、
神の全知全能を否定する人を惑わす言説もありましたが、

今回、自動販売機でなく、人格をもっておられ交わりを求められる
存在であることを力強く語って頂き感激いたしました。

私たちが、自分のことであれ家族のことであれ、真に願う時、かなえられる。
かなえられなくとも、違う形で報いて下さる。

小賢しい言説で惑わそうと念を送ってくる者もいますが、
毎日、イエス・キリストに帰ることで悪霊を排していきたいと確認いたしました。

ありがとうございます。




----memo

アブラハムのように信仰の目
全盲の故、信仰の目


ダビデの子イエスよ 私を憐れんでください

周囲は黙らせようとした



黙らせようとした者
 「安心しなさい」=「喜べ」=「しっかりしろ」原語では

50節 躍り上がって 上着を脱ぎ捨て
         上着は盲人用

神さまは分かっていても聞かれる
 交わりを求められている 自動販売機ではない

目が見えるようになることです。

あなたの信仰があなたを救った


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