「やみを愛する人たち」ヨハネ3章18節から21節 [雲の柱・火の柱]
(2020日)
闇を愛すれば光が眩しくて光を避ける心理となる。
光を憧れもするが自分には相応しくないと自分を尊重しなくなる。
精神衛生上もよろしくありません。
闇を愛することは住む世界と視界から光を遠ざけるので、
言動が神から離れ罪となる。
それは裁かれていると同義となるのでしょう。
当然に弁解の余地はなく、やがては残念な結果となるのでしょう。
----memo
戦いの相手 血肉でなく 背後の
闇を愛するものは既に裁かれている
弁解の余地ない
闇を愛すれば光が眩しくて光を避ける心理となる。
光を憧れもするが自分には相応しくないと自分を尊重しなくなる。
精神衛生上もよろしくありません。
闇を愛することは住む世界と視界から光を遠ざけるので、
言動が神から離れ罪となる。
それは裁かれていると同義となるのでしょう。
当然に弁解の余地はなく、やがては残念な結果となるのでしょう。
----memo
戦いの相手 血肉でなく 背後の
闇を愛するものは既に裁かれている
弁解の余地ない