SSブログ
エゼキエル書 ブログトップ
前の10件 | 次の10件

第28章 1-26 自分を神とする結果 [エゼキエル書]

6-8
----
therefore thus says the Lord Yahweh: Because you have set your heart as the heart of God, therefore, behold, I will bring strangers on you, the terrible of the nations; and they shall draw their swords against the beauty of your wisdom, and they shall defile your brightness. They shall bring you down to the pit; and you shall die the death of those who are slain, in the heart of the seas.
それゆえ、主なる神はこう言われる、あなたは自分を神のように賢いと思っているゆえ、見よ、わたしは、もろもろの国民の最も恐れている異邦人をあなたに攻めこさせる。彼らはつるぎを抜いて、あなたが知恵をもって得た麗しいものに向かい、あなたの輝きを汚し、 あなたを穴に投げ入れる。あなたは海の中で殺された者のような死を遂げる。
----

自分のことを神とする国で残っている国は、どれだけあるのでしょう。
現実に激減してきた歴史だった。

さすがの北朝鮮もそこまでは言ってないでしょう。

第27章 1-36 神の所有物 [エゼキエル書]


ツロ(ティルス)は海洋都市で商業が栄え、
「美しい」と自画自賛していた。

が、前章のようにエルサレム崩壊を「Aha」と笑い、神の逆鱗に触れた。

エルサレムを崩壊させるのは、イスラエルの罪による神の罰だが、
それを部外者が笑うことは許されるはずはなかった。

自分の家族と冷たく喧嘩していようが、他人が笑うことは許せないのと同様だった。

36
----
The merchants among the peoples hiss at you; you are become a terror, and you shall nevermore have any being.
もろもろの民の中の商人らはあなたをあざける。あなたは恐るべき終りを遂げ、永遠にうせはてる』」。
----

神の罰はツロに下り、ツロは滅んだ。
そして、ツロはエルサレムをあざけったと同様、あざけられることとなった。

被造物の中でも神の所有物を嘲ってはならない。

ある映画で神父を誘惑し交際した女が悲惨な死を遂げた。
神の所有物を奪った結果だった。


第26章 1-21 Aha [エゼキエル書]

エルサレム陥落後にツロが言った。

2
----
Son of man, because Tyre has said against Jerusalem, Aha, she is broken: the gate of the peoples; she is turned to me; I shall be replenished, now that she is laid waste:
「人の子よ、ツロはエルサレムについて言った、『ああ、それはよい気味である。もろもろの民の門は破れて、わたしに開かれた。わたしは豊かになり、彼は破れはてた』と。
----

「Aha」と神の国であったエルサレムを侮辱した。
そのことで、滅ぼされる。


脳科学の「Aha体験」のAhaだが、
茂木は神無き者のようで、この部分とは無関係に名付けたのでしょう。

第25章 1-17 記憶を消去する [エゼキエル書]

この章では神に逆らい、恨みを持ってイスラエルと敵対した、
モアブ、エドム、ペシリテを神は滅ぼすと、エゼキエルに語られた。

10
----
to the children of the east, [to go] against the children of Ammon; and I will give them for a possession, that the children of Ammon may not be remembered among the nations.
これをアンモンの人々と共に、東方の人々に与えて、その所有とし、モアブの人々をもろもろの国民の中に記憶させない。
----

「記憶させない」とある。

神に逆らえば、滅ぼされ、存在したことすら忘れられるようになるようだ。
語られるのは聖書でかつて存在したことのみ。

一番残酷なことなのでしょう。

第24章 1-27 預言者も例外ではない [エゼキエル書]

エルサレムの終わりの始まりだった。


18
----
So I spoke to the people in the morning; and at even my wife died; and I did in the morning as I was commanded.
朝のうちに、わたしは人々に語ったが、夕べには、わたしの妻は死んだ。翌朝わたしは命じられたようにした。
----

エゼキエルの妻まで死んだ。
預言者として用いられるが、残酷な経験も神は預言者にさせるのでしょう。

エゼキエルはそれを受け入れなければならない。
怨み事を言ってはならない。


第23章 1-49 淫乱と偶像礼拝 [エゼキエル書]

9
----
They shall recompense your lewdness on you, and you shall bear the sins of your idols; and you shall know that I am the Lord Yahweh.
あなたがたの淫乱の報いは、あなたがたの上にくだり、あなたがたはその偶像礼拝の罪を負い、そしてわたしが主なる神であることを知るようになる」。
----


神に敬虔ならば、淫らになり得ない。
淫乱と偶像礼拝はセットなのでしょう。

第22章 1-31 聖なる物と汚れた物 [エゼキエル書]


26
----
Her priests have done violence to my law, and have profaned my holy things: they have made no distinction between the holy and the common, neither have they caused men to discern between the unclean and the clean, and have hidden their eyes from my Sabbaths, and I am profaned among them.
その祭司たちはわが律法を犯し、聖なる物を汚した。彼らは聖なる物と汚れた物とを区別せず、清くない物と清い物との違いを教えず、わが安息日を無視し、こうしてわたしは彼らの間に汚されている。
----

確かレビ記で、こと細かく、食べてはいけない汚れた物を列挙していた。

が、これは旧約であって、新約では旧約の律法は無効となったそうなので、
汚れた物を食べてもよかったはずだ。

が、この区別は新約で観念上で引き継がれたので、機能しているようだ。

第21章 1-32 正しき者も断つ [エゼキエル書]


バビロン捕囚5年前に、エゼキエルに預けられた言葉のようだ。

3
----
and tell the land of Israel, Thus says Yahweh: Behold, I am against you, and will draw forth my sword out of its sheath, and will cut off from you the righteous and the wicked.
イスラエルの地に言え。主はこう言われる、見よ、わたしはあなたを攻め、わたしのつるぎをさやから抜き、あなたのうちから、正しい者も悪しき者をも断ってしまう。
----

正しい者も滅ぼす。

これまでの記述から、

神さまは集団単位で、一定レベルの悪があれば滅ぼす決意をされる。
が、一部の者は助ける。(ソドム・ゴモラ、イスラエル)

滅ぼす者の中に正しい者がいても、それはかまわない。
死後に救われれば、俗世で殺されようがかまわない。

そういう罪なくして殺された者はたくさんいた。

が、イエスが決定的に違うのは、
人類の罪を贖うために、逃げようと思えば逃げれるが、
神の子と自覚して十字架に赴いたことであり、
それゆえに十字架の負のイメージが聖に転化した。


第20章 1-49 名のために [エゼキエル書]

イスラエルの長老がエゼキエルから神の言葉を聞こうとした。
が、神は、長老の質問には答えず、語った。

イスラエルの罪と罰だった。

神はイスラエルの民を滅ぼそうと思われたが、
アブラハム契約があったので、違反すればご自身の名に関わるので止められた。

14
----
But I worked for my name's sake, that it should not be profaned in the sight of the nations, in whose sight I brought them out.
わたしはわたしの名のために行動した。それはわたしが彼らを導き出して見せた異邦人の前に、わたしの名が汚されないためである。
----

9,14,22,24節と、この章で4回使われている。

 
神さまのお言葉は絶対ということだ。

第19章 1-14 譬え話 [エゼキエル書]

直接的な表現は憚られる場合、比喩を用いる。

12
----
But it was plucked up in fury, it was cast down to the ground, and the east wind dried up its fruit: its strong rods were broken off and withered; the fire consumed them.
しかしこのぶどうの木は憤りによって抜かれ、地に投げうたれ、東風がそれを枯らし、その実はもぎ取られ、その強い幹は枯れて、火に焼き滅ぼされた。
----

国が亡びるだの、敗戦するだの、言論統制の対象となる。

「ぶどうの木」が「焼き滅ぼされる」というのは
まさに未来予測であり、口にできないことでしょう。

比喩を理解するのは難しいが、無視しえないですね。
前の10件 | 次の10件 エゼキエル書 ブログトップ